現代佛師による図像抄 Wii LOVE BUDDHIST IMAGE

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『景德傳燈錄

ク ラ ス : 楞伽宗開祖

 5世紀後半から6世紀前半の僧。楞伽宗(中国)、中国禅宗の開祖。
 在俗時の正確なパーソナルデータは一切不明。南インドのタミル系パッラヴァ朝において、香至国(カーンチープラム)シンハヴァルマン王の第三王子として生まれたとされる※1。
 宋代にインドから中国へ渡海し、洛陽郊外の嵩山少林寺にて面壁※2 を行い、中国禅宗の開祖と呼ばれる。
 達磨の後は、六祖である慧能まで伝わり、やがて禅宗五家※3 に分かれている。

 長らくインド人であると思われていた達磨であるが、いくつかの記録から、古代ペルシア人(波斯国の胡人)であったと目されている。中国では「碧眼胡(青い瞳のペルシア人)」との記録がある。

 自身、クシュティー※4(Kushtī ペルシャ語: کشتی 、ヒンディー語: कुश्ती)の達人であったため、少林寺にて少林拳を創始したとされるような伝説が残っている。実際には、仏陀跋陀羅(ブッダバドラ buddhabhadra)がもたらしたインド武術のカルーリカを独自に修練していた僧稠に、マニュアル化されていなかった土着の戦時戦闘教練と組み合わせ、体術として体系化するよう、アドバイスしたに過ぎない。達磨自身、『易筋経』『洗髄経』という鍛練法を伝えるが、周辺地域の自衛、修行僧の心身健康増進のために記している。

 ※1 弟子の曇林説。
 ※2 壁に向かって9年間、坐禅を続けたとされる伝説。
 ※3 臨済宗(黄龍派、楊岐派)、潙仰宗、雲門宗、曹洞宗、法眼宗の五家七宗。
 ※4 打撃技(パンチ、キック)、投げ技、固め技(抑込技、関節技、絞め技)で構成された格闘術。元来は近接格闘術になるため、古来は打撃技も存在していた。