BuDDHA STUDIO

in the Buddhist Pantheon

ハチプロデザイン 八的暁師
[hachiprodesign YAMATO AKIRA]

特殊デザイン屋。元エロマンガ家。シングルファーザー。オフバイク、自転車、アウトドア全般。(Twitterより)


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釈迦如来
Śākyamuni

虚空蔵菩薩
Ākāśagarbha

毘沙門天
Vaiśravaṇa

釈迦如来
【梵名】
 シャーキャムニ [Śākyamuni शाक्यमुनि]
【三昧耶形】
 初割蓮華(綻び始めた蓮の花) 
【種字】
 「स(bhaḥ)バク」迷いを除いて涅槃を得る
【真言】
 のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

釈迦如来
-天上天下唯我独尊-

仏教の開祖である釈迦(ガウタマ・シッダールタ Gautama Śiddhārtha गौतम शिद्धार्थ)が仏の一尊として「如来」に組み込まれた存在。釈迦族出身の如来ゆえに「釈迦如来」というが、実在の釈迦とはイコールであってイコールではない。
上座部仏教では、釈迦は「釈迦牟尼(シャーキャムニ(Śākyamuni शाक्यमुनि シャーキャ族の聖者の意)仏」と呼ばれ、現世において実在したガウタマ・シッダールタを指す。上座部仏教における「釈迦」は実在の釈迦が基本であるため、大乗仏教や密教における如来と同じような「如来」としての釈迦というよりも、開祖である仏陀という意義に近い。それゆえ、現世における唯一の仏とみなされている。その教えは、「この世の苦しみが心の迷い(煩悩)から生まれていることを悟れば、誰でも苦しみを脱することができる」というものである。
大乗仏教では、実在した釈迦の伝承を基に「三十二相八十種好(さんじゅうにそうはちじっしゅこう)」という超常的な特徴が加えられ、他のさまざまな如来と並ぶ尊格として位置づけられた。八十種好は三十二相を詳述したものといえ、仏像や仏画はこれを踏まえて表現される。とはいえ、実在の釈迦と釈迦如来は、多くの英霊たちが実像と伝承が異なるように、混同して受け止められている場合がほとんどである。釈迦自身は、「自灯明・法灯明(比丘は自らを灯明とし、自らをより処として、他のものを拠り処とせず、法を灯明とし、法をよるべとして、他のものを寄る辺とせず)」を説いており、釈迦の意を酌むのであれば、仏像という偶像崇拝は釈迦の教えに反しているともいえる。
 
所依経典『大智度論』

《本像尊容》
本像は、これまで法身普賢王等、大日如来として伝わってきたものであったが、正式に釈迦如来像として成ったものである。釈迦像は悟りを得た際の姿や説法をしているときの姿で立像や坐像を表すことも多いが、これらの尊容以外にも、釈迦の一生を通した伝承を表現した釈迦八相の尊容も存在する。釈迦八相とは降兜率(ごうとそつ)、托胎(たくたい)、出胎、出家、降魔(ごうま)、成道(じょうどう)、転法輪、入滅をいい、前世の釈迦が兜率天から摩耶夫人(まやぶにん)に宿り、この世に生まれ(降誕 ごうたん)、出家し、あらゆる誘惑をしりぞけて悟りを得、世に悟りを広め、ついにはこの世を去るというものである。本像は新たに、この八相のうちの降魔もしくは成道を表したものと考えられているが、まだ尊容のすべてがつまびらかにはなっていない。降魔像であるとする説は、地に着くまでに伸びた髪や時を経たと思われる糞掃衣が、釈迦が六年間の苦行を終え、尼蓮禅河(にれんぜんが)河畔の菩提樹の下に静坐した姿であるとする。また、釈迦の許から飛び立つ蛾は最後の誘惑を表しているとされる。成道像とする説は、釈迦が仏陀伽耶(ブッダガヤ)の菩提樹の下、明けの明星を見て真理に目覚め、悟りを開いた、まさにその瞬間を表しているとする。半眼からやや見開いた明眸となっているのが明けの明星を見て真理に目覚めた瞬間の尊容というわけである。引き続き研究を俟たれたい。

釈迦如来

釈迦如来

仏像の見分け方
* 装飾品なし(出家後の姿)
* 螺髪(らほつ:パンチパーマ)
* 持物なし(印を結ぶ)

虚空蔵菩薩

【梵名】
 アーカーシャガルバ [Ākāśa-garbha आकाशगर्भ]
【三昧耶形】
 宝剣、如意宝珠(蓮華上宝珠や三弁宝珠など)
【種字】
 「(त्राः(trāḥ)タラーク」迷いから解かれ智慧を得る
【真言】
 おん ばざら あらたんのう おん たらく そわか」
 のうぼう あきしゃきゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか

虚空蔵菩薩
-無限の智慧と慈悲- 

菩薩の一尊であり、本来は地蔵菩薩と対を成す、地(地上・地球)に対して空(虚空・宇宙)を司る尊格。サンスクリット名を「アーカーシャガルバ」という。「アーカーシャガルバ」とは「虚空の母胎」を意味し、仏教における虚空とは広大無辺の宇宙であることから、「虚空の母胎」とは宇宙の事象に比する無尽蔵の智慧と無限の慈悲を有し、それで以て人々を救うということを意味している。ネコ型ロボットが持つ四次元ポケットのように、人々に及ぼす力が無限であることを示す尊格である。
虚空蔵菩薩の修法「求聞持法(ぐもんじほう)」は、真言を100日ないしは50日の間に100万回唱えるという難行を乗り越えたとき、「自然智(じねんち)」と呼ばれる、あらゆる見聞きしたことを記憶し、さらにはその内容を自然と理解できる、絶対記憶・自然理解の力を得られるとされる。「求聞持法」は奈良時代に唐から日本へと伝わり、空海が室戸岬の御厨人窟(みくろど)に籠もって修したという伝説が有名であるが、12歳の日蓮が仏道を志すにあたって21日間の祈願を行ったなどもあり、各宗・学系の教理、思想、信条に捉われない、三論、法相、律、禅、華厳、天台に渡って広く虚空蔵菩薩は修法本尊としての信仰を受けたようである。同じ智慧の仏である文殊菩薩の「智慧」との違いは、文殊菩薩が知識や経験から閃く直観力や思考力であるのに対して、虚空蔵菩薩は知識そのもの、またその知識を瞬時に引き出す記憶力といえる。虚空蔵菩薩が仏道を志す者に信仰されたのも、膨大な経典を記憶し、それを唱えなければならないことによるものといえる。
尊容としては、文殊菩薩と同じく右手に智慧の利剣を持つか、持たない場合は手のひらをこちらに向けた与願印、もしくは施無畏印を結ぶ。左手には(三弁)宝珠を乗せるか、もしくは蓮華上宝珠(宝珠の載った開敷紅蓮華)を持つ。胎蔵曼荼羅においては虚空蔵院の中央に配される。五仏坐像を擁した五智宝冠(大日如来、阿閦如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来の五智如来の坐像をレリーフとした宝冠)を戴き、蓮華上宝珠を持つ姿で表される。
独尊のほか、虚空蔵菩薩の持つ智慧を五方に配し、五智如来の応現身とした「五大虚空蔵菩薩」としても表される。以下、法界虚空蔵(中央、白色)、金剛虚空蔵(東方、黄色)、宝光虚空蔵(南方、青色)、蓮華虚空蔵(西方、赤色)、業用虚空蔵(北方、黒紫色)が「五大虚空蔵菩薩」であるが、東寺観智院(京都)像は、それぞれ馬、獅子、象、金翅鳥(こんじちょう 迦楼羅)、孔雀の上の蓮華座に乗っている。
   
所依経典『虚空蔵菩薩経』

《本像尊容》
本像は「求聞持法」の成就により沙門空海が観想(邂逅)した虚空蔵菩薩であり、手前に描かれる小さき人が空海である。
虚空蔵菩薩は、総体的観念体である大日如来とは異なり、大日如来が表わす「智慧」の究極的具現体すなわち「般若」の完全クローン体であるがゆえ、「求聞持法」を完遂させた空海には実体を伴って邂逅できたといえる。このように祈念者や誓願者を本尊の前に描くことは古くより行われており、描き手の誓願を強く表したものである。本像の尊容を見ていくと、右に智剣、左手に三弁宝珠を持っており、また蓮華上での立像という儀軌に則った姿でありながら、本来表現されるべき広大無辺の宇宙を想起させる荘厳が施されている。中でもひときわ意義深いのは虚空蔵菩薩のほぼ全身を被うような光背と彼方にある蓮華で、光背にある黄金色の深淵は重力レンズ効果のようであり、複雑な蓮華模様と相まった揺らぎのような事象の地平面(シュヴァルツシルト面)あるいは特異点と、その外縁にある光の収束線のようなものからブラックホールを連想させ、虚空蔵菩薩が無尽蔵の智慧を有する存在であることの象徴となっているといえよう。また、彼方にある蓮華はいくつかあるように見え、蓮華からは放射状に線が放たれているが、蓮華そのものは三千大千世界の一つずつを表し、放射状の線は世界や宇宙を構築する世界線や量子ゆらぎを意味しているのである。最後に、本像には「八方睨み」の技法が用いられており、どの位置から本像を見ても虚空蔵菩薩と目が合うように計算されている。八的師の真骨頂である。

虚空蔵菩薩

虚空蔵菩薩

仏像の見分け方
* 宝剣、宝珠を持つ
* 三つ重なった宝珠の場合も多い
* 剣を持たない場合は与願印や施無畏印

毘沙門天
【梵名】
 ヴァイシュラヴァナ [Vaiśravaṇa वैश्रवण]
【三昧耶形】
 宝塔
【種字】
 「वै(vai)ベイ」梵名の最初の一字
【真言】
 おん べいしらまんだや そわか 

毘沙門天
-独尊の多聞天- 

仏教における天部の一神。四天王のうち、多聞天が単独で信仰される場合(独尊 どくそんという)、「毘沙門天」と呼ばれる。「毘沙門天」とは、サンスクリット名の「ヴァイシュラヴァナ」を音写したもので、「ヴァイシュラヴァスの息子」という意味を持つ。
三尊や曼荼羅などでは妻である吉祥天を左脇侍とし、息子である善膩師童子(ぜんにしどうじ)を右脇侍とする。また、五太子のほか、八大夜叉大将、二十八使者など多くの眷属を従える。さらには「槃闍那(はんじゃな)」という妃(中阿含經)や、総じて九十一子がいる(大方等大集経)とする経典もあり、その多彩な設定が広い信仰をうかがわせる。室町時代以降は七福神の一尊としても信仰され、「毘沙門さん」の呼称で信奉されている。功徳としては、多聞天のときと違いはなく、財宝福徳、戦勝勝運、発展繁栄などを主とする。
その身は、忿怒形に玄(くろ 緑で表されることが多い)の体身で革製の唐鎧の上に天衣(てんね)を身に着け、右手に宝棒もしくは三鈷戟(先端が三叉に分かれた矛)あるいは宝剣を持ち、左手には宝塔を掲げた姿が多いが、左手を拳にして左腰に当てる姿で表されることもある。八部鬼衆のうち「夜叉(ヤシャ)」と「羅刹(ラセツ)」を眷族としている。
 
 所依経典『金光明最勝王経』

《本像尊容》
本像には右の縁起が伝わる。852(仁寿2)年、三河地方碧海郡南部(現愛知県碧南市志貴町付近)にあった荘園の一角において、荘司(荘官つまり荘園管理人のこと、荘園領主ではない)を務めていた志貴周亮(しきかねたか)が、亡き娘の守護を祈願、菩提を弔うため墓前に毘沙門天王像を祀ったのが始まりとされ、四十九日を終えたとき、娘そっくりの毘沙門天が夢枕に現れて、「豈(あに)図(はか)らんや、吾(われ)、天道に輪生(りんじょう)す。裔(すえ)を守らん」と告げたといわれる。
また尊容については、「其の肌は紫水晶にして、薄桜に泛(う)かび、紅藤に沒(しず)む。屍人の様たるに、むつかしゅうなることなし(血の気の感じられない肌のようであったにもかかわらず、それを不快に感じる者はいなかった)」と記されている。さらに続けて、「黒闇の垂角髪(たれみづら)に紅蓮華の血眼(けちがん)の厳(いつく)しかること」とある。「黒闇」とは濡羽や黒檀よりも黒い黒を指す。いわゆる"Darker than black"であり、本来は大黒天を指す色である。「垂角髪」とは髪全体を後頭部中央で二つに分け、耳の横でそれぞれ括って垂らす髪型。いわゆるツインテールに近い。「紅蓮華の血眼」とは文字通り赤い眼をいうが、龍眼とも呼ばれ、龍の眼に例えられる。このように、ある種の異様な美しさを持った容貌であったとされるが、他の毘沙門天同様、「毘沙門さん」の呼称で一方的な愛をささげる衆生が後を絶たなかったようである。毘沙門天の神使とされる巨大な蜈蚣(むかで)が巻きついているのも、幼い容貌との対比で、その美しさを際立たせるようである。

毘沙門天

毘沙門天

仏像の見分け方
* 宝塔を持つ(持たない場合もある)
* 宝棒もしくは三鈷戟を持つ
* 鬼神(邪鬼)を踏む像が多い