現代佛師による図像抄 Wii LOVE BUDDHIST IMAGE

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尊像

尊像在所

* 厨子入り木造弥勒菩薩半跏像 興福寺国宝館(奈良県):重要文化財
* 木造弥勒菩薩坐像 醍醐寺三宝院(京都府):重要文化財

儀軌

仏階概観

 梵   名 : マイトレーヤ [Maitreya]
 ク ラ ス : 未来仏 一生補処
 真   言 : オン マイタレイヤ ソワカ
 種   子 : yu
 三昧耶形: 舎利塔
 御 利 益 :指導者的資質に恵まれる程度のご利益、食べるに困らない程度のご利益、善き友人に恵まれる程度のご利益
        裁判を有利に導ける程度のご利益

尊能諸元

 釈迦如来の正当なる後継。仏の長養(ちょうよう 長女)にして永遠の童蒙(どうもう 童女)、下生の期待にお胸も気持ちも多感にふくらむ菩薩のお年ごろ、7億4千880万歳※1
 元は異界の神であったが、釈迦如来という「神」※2 による説法を見に行った際、釈迦如来に見染められ、その弟子となる。初めから釈迦如来の教えに興味があったわけではないが、弥勒菩薩の出現は燃灯仏(錠光仏)によって予言されていたことであり、ついにはその後継とまでなった。※3
 釈迦如来からは長らくアジタ(阿逸多 Ajita)と呼ばれていた※4 が、これは釈迦如来の元へ一緒に訪った友神の名であり、弥勒菩薩自身は経典に登場するもう一つの名であるメッティーヤ(metteyya)の方である。※5

 現在は兜率天の南、サムドラカッチャ(内院)の天沿、マハーヴューハの聖森(大荘厳林)にそびえる、ヴァイローチャナ・ヴューハランカーラ・ガルバ(大楼閣毘盧遮那荘厳宮)に、寓す。多くの天部神に囲まれ、多くの衆生に望まれながらも、弥勒菩薩がひたすらに待つのはただ一人、4億6千80万歳の幼少のみぎり、弥勒菩薩の楼宮を訪れた善財童子スダナ(・シュレーシュティ・ダーラカ)との邂逅を果たすため―、そのための下生である。
 多くの天部神より一心に敬愛を受けながらも、同年代で心を交わせる友人といえるような存在のなかった弥勒菩薩にとって、弥勒菩薩の元を訪れ、わずかに同じ時を過ごした善財童子がただ一人のカルナーヤ・ミトラ(良き友)といえた。弥勒菩薩は、説法を終え諸天とともに帰宮してきた折、楼門の前に弥勒菩薩を待ち、微笑を浮かべてたたずむ善財童子の姿を片時も忘れたことがなかった。
 弥勒菩薩自身が秘め望むのは、全にして一、一にして全なる下生である。

 髪カフェオレにして、その肌はピーチ、ミルキーホワイトの光沢まばゆくヴァニラの芳香をまとう。悠久深遠なる瞳はセピアなれども色あせず、ザアファラーンの黄金※6 に輝けども驕ることなし。はにかんだ微笑を含むこと常なり。如王なるも半跏にして交脚にあらず、王華(おうげ 蓮華台)に居つくことなし。また、思惟する(思い悩む)ことなく、下生の未来をひたすらに見通すのみ。
 光背はあらゆる衆生を洩らすことなく救うを表す(箱)舟形であり、異界の太陽たるミスラ(ミトラ)由縁の遍照光により今は兜率天を照らす。
 師父・釈迦如来の舎利塔を抱えて離すことなし。

 法相宗では教主として崇められ、興福寺の前身である山階寺を創建した藤原鎌足やその子・不比等も弥勒菩薩(如来)を信仰していたとされる。

 ※1 人間の年齢に換算すると、およそ12~14歳。
 ※2 異界の神であった当初の弥勒菩薩には「如来」「菩薩」「明王」「天部」など仏(ほとけ)を初めとした大乗の諸概念はなく、すべては「神」として理解されている。
 ※3 釈迦如来は弥勒菩薩に、自らが燃灯仏によってそうされたように、弥勒菩薩のために蓮の花を授け、自分の髪を編んで作った敷物を与えたという。
 ※4 経典の中で大半の部分を「アジタ」と呼びかけられている。
 ※5 釈迦如来は授記(後継指名)の際、長年の誤謬に気づき、これを改めたが、異界の思念伝達構成体を正確に認識できなかったため、弥勒菩薩は「マイトレーヤ」と呼ばれることとなった。
 ※6 サフランのこと。古来よりサフランイエローは王族のためのロイヤルカラーとして、サフランそのものとともに珍重されてきた。めしべは独特の芳香を持ち、香辛料や生薬、染料として用いられる。

(所依経典:『雑華経入法界品』)