BuDDHA STUDIO

in the Buddhist Pantheon

ヤマモトナオキ師
[YAMAMOTO NAOKI]

 twitter :  ヤマモトナオキ

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聖観音
Āryāvalokiteśvara

十一面観音
Ekadaśamukha

如意輪観音
Cintāmaṇicakra

不動明王
Acalanātha

聖観音聖観音

【梵名】
 アーリヤヴァローキテーシュヴァラ [Āryāvalokiteśvara आर्यावलोकितेश्वर]
【三昧耶形】
 初割蓮華(綻び始めた蓮の花) 
【種字】
 「स(sa)サ」
【真言】
 おん あろりきゃ そわか

聖観音 -観音菩薩の済度の分身-

菩薩の一尊であり、観音菩薩が自らを模して生み出した姿。サンスクリット名も観音菩薩と同じ「アヴァローキテーシュヴァラ」であり、その意は「観世音菩薩(かんぜおん)」ないし「観自在(かんじざい)」すなわち「世の中を見通し救う者」というものである。「正観音」とも書くが「聖観音」とともに観音菩薩そのものであることを表す。「聖観音」と称するのは独尊像もしくは六観音(七観音)の一尊として祀られる場合にほぼ限られる。ただし独尊像でも必ず「聖観音」であるわけではなく、法隆寺の百済観音、夢違観音(ゆめちがいかんのん)、救世観音(ぐせかんのん)の正式名称が「観音菩薩」であることからも、見分けは難しい。
聖観音の尊容は観音菩薩と同じ1面2臂であり、左手に蓮華や水瓶を持ち、右手で与願印を示すのが一般的だが、必ずしも一定はしていない。厳密には左手に未開敷の赤蓮華を胸前で持ち、同じく胸前に右手を添えて蓮華の花びらの一つを開こうとしている胎蔵曼荼羅中台八葉院ないし蓮華部院の観音像が正統とされる。観音とその他の菩薩の違いは、頭上に化仏冠(けぶつかん)と称する阿弥陀如来の小像を据えた冠を戴いているかにあり、この点は他の観音像にも共通している。
千手観音、十一面観音、如意輪観音、馬頭観音、准胝観音、不空羂索観音と並んで六観音(七観音)の一尊であり、六観音の一尊としては地獄道の摂化を行う。
インドでは男尊であったものが、中国から日本に伝わる過程で女尊形を思わせるしなやかな姿態で表現されるようになった。インド・中国由来の六観音(七観音)以外にも、中国・日本の民俗信仰と習合した三十三観音像が生まれている。六観音(七観音)が変化・変身であるならば、三十三観音はコスプレに近いといえる。
 
所依経典『請観世音菩薩消伏毒害陀羅尼呪経』

《本像尊容》
本像は、聖観音自らが未開敷蓮華より生まれ出ずるという稀有な尊容が大きな特徴となっている。そのためか本来であれば未開敷蓮華を持つ左手も、右手と共に与願印となって聖観音を拝する者に広げて向けられており、全ての者の願いを聞き届け救い取るという全幅の大慈大悲を表しているといえよう。また、この聖観音像は二像一対となっており、もう一体の像は未敷蓮華光背が開花し、聖観音自身も開眼した功徳フルバースト状態の尊容で表されている。ただし、現在は秘仏として非公開である。

聖観音聖観音

聖観音
-救世のため観世音が生みし分身-

 尊像在所
* 立像-鞍馬寺(京都府):重要文化財
* 立像-薬師寺東院堂(奈良県):国宝
* 立像-不退転法輪寺(不退寺)(奈良県):業平観音、重要文化財

十一面観音十一面観音

【梵名】
 エーカダシャムカ [Ekadaśamukha एकदशमुख]
【三昧耶形】
 水瓶 
【種字】
 「क(ka)キャ」
【真言】
 おん ろけいじんばら きりく そわか
 おん まか きゃろにきゃ そわか

十一面観音 -全方位を済度する-

菩薩の一尊であり、観音菩薩がインド神話の神の特徴を吸収して変化した姿のひとつ。サンスクリット名を「エーカーダシャムカーヴァローキテーシュヴァラ(Ekādaśamukhāvalokiteśvara)」といい、「11の顔をもつもの」を意味する。千手観音とともに最初期に生み出され、ヒンドゥー教の影響下で7世紀ごろ成立したと考えられている。日本では唐から伝わった雑密によって奈良時代から信仰を集め、病気平癒などの現世利益を祈願して像が多く祀られた。
顔の数の由来など起源の明確な根拠が少ないが、十一の顔は頭上の正面に菩薩面(3面、穏やかな表情で善良な衆生に楽を施す、柔和相、慈悲面とも)、左側(向かって右)に瞋怒面(3面、しんぬめん、怒りの表情で邪な心を持つ衆生を戒めて仏道へと向かわせる、憤怒相、忿怒面とも)、右側(向かって左)に狗牙上出面(3面、くげじょうしゅつめん、結んだ唇の間から牙を出した強面で叱咤激励して仏道を勧める、白牙上出相、牙上出面とも)、背面に大笑面(1面、だいしょうめん、悪への怒りが極まるあまり悪にまみれた衆生の悪行を大口を開けて笑い滅する、暴悪大笑面、大笑相とも)、頭頂に仏面(究極的理想としての悟りの表情、仏相とも)を表し、様々な表情は仏の救済が多面的に行われることを象徴しているとされる。また、他の変化観音同様、正面に阿弥陀如来を据えた化仏冠を戴く。
尊容の多くは『十一面神咒心経』に基づいた、右手を垂下し左手に蓮華を挿した水瓶を持つ姿で表される。『十一面神咒心経』では右手を垂下して数珠を持ち、左手は赤蓮華を挿した水瓶を持つとされているが、実際の像では数珠が省略もしくは亡失している場合も多い。長谷寺(奈良県)の本尊である十一面観音像は、儀軌通り左手に蓮華を生けた水瓶を持ち、右手にも数珠をかけているが、右手は同時に錫杖を支え持っており、豊山派寺院に安置された十一面観音像の特徴として「長谷寺式十一面観音」と呼ばれている。
空海によって伝えられた密教(真言宗)では『十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経』に基づいた四臂像も造像され、胎蔵曼荼羅の蘇悉地院に配されている十一面観自在菩薩も四臂である。
聖観音、千手観音、如意輪観音、馬頭観音、准胝観音、不空羂索観音と並んで六観音(七観音)の一尊であり、六観音の一尊としては修羅道(阿修羅界)の摂化を行う。
所依経典『十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経』

《本像尊容》

本像は、長らく独尊として安置されていた聖天像の十一面観音が象鼻天像の元に復されたため、新たに造像されたものである。独創性に富むヤマモト師の作像の中でも比較的、儀軌に照らして作られているが、頭上の十一面は正確にそれぞれ菩薩面、瞋怒面、狗牙上出面でありながら、各表情は微妙に異なっており、例えば瞋怒面でも挑発を含んだ表情、恫喝するような表情など感情の多彩な表現が見られる。また、阿弥陀如来の化仏に至っては非常に珍しい六臂となっており、多くの解釈が取り沙汰されている。また、本像のモデルとなったのは今熊観音寺(京都府)の本尊と考えられているものの、左手に持つ蓮華を指しているはずの水瓶がなくなっており、これが脱落したものであるのか、初めから蓮華のみを持っていたのかは研究が俟たれる。

聖観音聖観音

十一面観音
-世界を見通す頭上の十一面-

 尊像在所
* 立像-六波羅蜜寺(京都府):平安時代、国宝
* 立像-聖林寺(奈良県):奈良時代、国宝
* 立像-法華寺(奈良県):平安時代、国宝
* 立像-室生寺(奈良県):平安時代、国宝
* 立像-道明寺(奈良県):平安時代、国宝
 
『十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経』には10種の現世利益と4種の来世果報が説かれている
 十種勝利

  • 離諸疾病(病気にかからない)

  • 一切如來攝受(一切の如来に受け入れられる)

  • 任運獲得金銀財寶諸穀麥等(生活に不自由しない)

  • 一切怨敵不能沮壞(一切の敵から害を受けない)

  • 國王王子在於王宮先言慰問(偉い人がねぎらってくれる)

  • 不被毒藥蠱毒 寒熱等病皆不著身(症状が重くならない)

  • 一切刀杖所不能害(一切の凶器によって害を受けない)

  • 水不能溺(溺死しない)

  • 火不能燒(焼死しない)

  • 不非命中夭(不慮の事故で死なない)

 四種功德

  • 臨命終時得見如來(臨終の際に如来とまみえる)

  • 不生於惡趣(地獄道、餓鬼道、畜生道に堕ちない)

  • 不非命終(早死にしない)

  • 從此世界得生極樂國土(今生のあと極楽浄土に生まれる)

如意輪観音如意輪観音

【梵名】
 チンターマニチャクラ [Cintāmaṇicakra चिन्तामणिचक्र]
【三昧耶形】
 如意宝珠、輪宝
【種字】
 「(ह्रीः(hrīḥ)キリーク」
【真言】
 おん ばらだ はんどめい うん
 おん はんどま しんだまに じんばら うん

如意輪観音 -救いは転輪の如し- 

菩薩の一尊であり、観音菩薩がインド神話の神の特徴を吸収して変化した姿のひとつ。サンスクリット名を「チンターマニチャクラ」という。「チンターマニ」とは衆生の全ての願いを思い通りに叶えるとされる仏徳の象徴である如意宝珠のことであり、「チャクラ」とは魔や煩悩を破る法具である法輪を意味する。すなわち如意輪観音とは、福徳に通ずる如意宝珠と智徳に通ずる法輪で以て、福智二徳を満たす尊格といえる。本来は意のままになる輪(武器としての円環刀チャクラを自在に操るがごとくの意)を仏格化した存在であり、いかなるときも直ちにあらゆる場所に向かって人々を救ってくれることを願い生まれた観音であるが、いずれ如意宝珠と輪宝に分かれ、福智二徳が明確化された。この功徳により、衆生の苦を抜き、願いをことごとく満たすとされる。
ここから六臂像では尊名の由来である宝珠と法輪とを必ず持った姿で表される。異形像も多く、六臂の他、二臂、四臂、八臂、立像も存在する。片膝を立てて坐る六臂の像が基本的な尊容として広まったが、古い制作年代の像であれば二臂で片足を踏み下げた半跏像も多い。観心寺本尊像(大阪府)は六臂像の代表作であり、園城寺観音札所本尊像(三井寺 滋賀県)、神呪寺観音堂本尊像(兵庫県)、室生寺本堂像(奈良県)なども、観心寺と同じ様式の六臂像である。二臂の如意輪観音像として著名なものは、石山寺(滋賀県)秘仏本尊像、飛鳥の岡寺本尊像(奈良県)である。 
聖観音、十一面観音、千手観音、馬頭観音、准胝観音、不空羂索観音と並んで六観音(七観音)の一尊であり、六観音(七観音)の一尊としては天道(天界)の摂化を行う。ゆえに如意輪観音は天部神の上に立つ善神王であり、仏教の護法神となった異教の神々が天部神としての自覚を持つよう教化するのが菩薩としての役目である(善化菩薩行)。
また、如意輪観音は北斗七星を中心とした星を祀る際の主尊としても信仰されている。これを図化したのが『七星如意輪観音曼荼羅』である。
   
所依経典『如意輪陀羅尼経』

《本像尊容》
本像は如意輪観音の特徴である思惟相でありながらも、ヤマモト師らしい独特の解釈で以て表現されている。先人たちによる仏画においての如意輪観音像は多く向かって右側からの画角より表され、自然、御仏の顔は左向きになるところ、ヤマモト師による尊容は正面観とした上で、向かって右方向に顔を向けられた像となっている。また、その表情は思惟ながらも口元に笑みをたたえた微笑相(みしょうそう)であり、衆生の救いを思いついたかのような安堵を感じさせる。そして輪王坐(りんのうざ 片脚を立てた座り方)に至っては足裏ではなく脚そのものを組み重ね合わせた大胆な解釈となってはいるが、輪王坐としての右脚を上に置いた尊容は踏襲されている。続いて持物に目を移すと、右側第二臂が胸前で三昧耶である如意宝珠を掲げ持っているのは儀軌通りではあるが、本来は右側第三臂で外方に垂らす念珠を左側本臂が通例の構図を保持するかのように腹前を通って右側に通す形で提げ持っているという複雑な構造をしており、これに見られるトリックはヤマモト師ならではのレトリックといえる。左側第二臂は開敷蓮華(花開いた蓮)を眼前に掲げ持つ。そしてもう一つの三昧耶である法輪は本来のチャクラともいえる光輪の形をしており、巨大なチャクラをすっぽりと身にまとう如意輪観音の姿はまさに法輪の化身といえよう。

如意輪観音如意輪観音

如意輪観音
-その救い転輪が飛ぶが如くなり-

 尊像在所
* 坐像-観心寺(大阪府):平安時代前期作、国宝
* 坐像-神呪寺(奈良県):平安時代作、重要文化財
* 坐像-室生寺(奈良県):平安時代作、重要文化財

不動明王

【梵名】
 アチャラナータ [Acalanātha अचलनाथ]
【三昧耶形】
 倶利伽羅剣、羂索
【種字】
 「हां(hāṃ)カーン」「हाम्मां(hāmmāṃ)カンマーン」
【真言】
 のうまく さんまんだ ばざらだん かん
 のうまく さんまんだ ばざらだんせんだ まかろしゃだ そはたや うんたらた かんまん
 のうまく さらばたたぎゃてい びゃくさらばぎゃてい びゃくさらばぼっけい  びゃくさらばたたらた せんだまかろしゃだ けんぎゃきぎゃき さらばびぎなん うんたらた かんまん

不動明王-理の究極王-

インド神話におけるシヴァの名のひとつ「アチャラナータ(Acalanātha)」が個別の尊格として仏教に取り入れられたもの。
「不動」は「アチャラナータ」の意「動かざる者」から漢訳された。本来は「不(無)動尊」、「不動使者」など「明王」とは呼ばれず、明確な明王としての尊格ではなかった。「不動」とは単に動かないことではなく、「心留めず」ということを意味し、如来の悟りの境地を表している。音写では「阿遮羅嚢他(あしゃらのうた)」と称される。
大日如来が一切の魔障や煩悩を降伏させ、人々を教え導くために姿を変えた化身(教令輪身)とも、大日如来に生み出された使者ともされる。一般的には忿怒相で肌青黒く、左胸前に編んだ長い髪を垂らし(弁髪)、頭頂部は花形を模した莎髻(しゃけい)に編む(『Fate』のセイバーのようなお団子に三つ編みを巻いた髪型)。また、アフロを模した巻髪(けんぱつ)である場合も見られる。さらに蓮華冠を戴く場合もある。右手に降魔の智剣・利剣(倶利伽羅剣)を、左手に魔を砕き捕えるための羂索を持ち、瑟瑟座や岩座に結跏趺坐した坐像、岩座に直立した立像で表される。瑟瑟座や岩座はいずれも金剛石、すなわちダイヤモンドを表し、不動明王の堅固な菩提を意味している。
人間界と仏界を隔てる境界線上の火生三昧(かしょうざんまい、煩悩や欲望が人間界を越えて侵蝕しないよう焼き尽くすための爆炎障壁で囲まれた世界)と呼ばれる炎の世界に住しているとされる。そのため、像では邪龍、凶蛇を焼き尽くす迦楼羅王が噴き出す炎、もしくは炎に包まれた迦楼羅王を模した火焔光背を負った姿で表される。
眷属に八大童子、三十六童子、四十八使者を従えるが、このうち二童子の矜羯羅童子(王の左脇に立つ)と制吒迦童子(王の右脇に立つ)を脇侍として伴うことが多い。矜羯羅童子は金剛杵を親指にはさんで合掌し不動明王を見上げる姿で表され、制吒迦童子は金剛棒(あるいは金剛杵と二宝器)を手にしてぞんざいな姿で表現される。これは人間の様々な信心を表しており、一心無心に敬愛する者もあれば、気もそぞろな者もあり、しかしながらいずれも不動明王に帰敬する心に変わりなく、それらすべてを我が下に置いて寛容する王の徳を表している。
胎蔵曼荼羅では持明院に究極王として列座する。また、五大明王や八大明王の中尊であり、明王の中でも最高の力を持つとされる。
 
 所依経典『仏説聖不動経』

《本像尊容》
本像は一見すると通例通りの不動尊像であるが、随所にヤマモト師らしい儀軌の解釈が見られる。象徴的な頭部は蓮華冠や左側のみを垂らした弁髪を表現しながらも、実際にはウルフカットとマンバンヘア、トップ部分をサイドに流すコームオーバーヘアをアシンメトリーに組み合わせた構成となっており、非常に現代的なモチーフといえる。そして坐像ではあるのだが、磐石(ばんじゃく)も岩ではなく玉座を模したものとなっており、肩肘を鷹揚についた姿は眇眼(すがめ)と相まって、御影を拝する者を睥睨する王らしい姿といえる。このように一見、尊大な様子でありながらも左足を垂下した尊容であるのは、やはり不動尊が人々のためにすぐさま立ち上がって駆けつけられるという大慈大悲の姿を表しているに他ならない。なお本像は、京都にある東福寺の塔頭、勝林寺(しょうりんじ)に掛軸として安置されている。本不動尊坐像を版とした御影の御朱印も人気であると聞く。

不動明王

不動明王
-因果応報、真理遂行の代行者-

 尊像在所
* 坐像-東福寺塔頭同聚院(京都府):重要文化財
* 坐像-南法華寺(奈良県):平安時代作

仏像図彙所収