BuDDHA STUDIO

in the Buddhist Pantheon

石商師
[Ishisho]

 pixiv :  石商
イラストやキャラクターデザイン、広告イラスト等手掛けています。オリジナル/PF/仏刀舎/Force of WillTCG/グリムノーツ/刀剣乱舞/ソードワールド2.0/ヴァンガードG/18/CLIP STUDIO PAINT PRO/クラパン/ レイヤードゼロなど。(Twitterより)

RELEASED BuDDHIST IMAGE

胎蔵生大日如来
Mahāvairocana

不動明王
矜羯羅童子
制吒迦童子

持国天
Dhṛtarāṣṭra

増長天
Virūḍhaka

広目天
Virūpākṣa

多聞天
Vaiśravaṇa

胎蔵生大日如来胎蔵生大日如来

【梵名】
 マハーヴァイローチャナ [Mahāvairocana महावैरोचन]
【三昧耶形】
 五輪塔、如来頂相
【印契】
 法界定印
【種字】
 「आः(āḥ)アーク」「अ(a)ア」
【真言】
 おん あ び ら うん けん

胎蔵生大日如来 -真理そのもの-

インド神話におけるマハーヴァイローチャナが仏格化された存在。音写としては「摩訶(まか)」「毘盧遮那(びるしゃな)」「仏(如来)」の組み合わせで呼ばれる。「大日如来」はマハーヴァイローチャナが漢訳されたもので、「毘盧遮那如来」をより霊的な存在、太陽神をイメージソースとしながらも宇宙そのものを体現する起源神、宇宙神的な存在として創造されたもの。
それゆえ、大日如来とは世界の真理そのものを意味するため、他の如来から天部神に至るまですべての仏神は大日如来がその本地(起源や分身の意)であり、一切の世界における現象(森羅万象)は大日如来の活動すなわち摂理と解され、一切のもたらされる徳もまた大日如来によって総摂されるもの、すべては大日如来に帰する(すべて大日如来のおかげ)と説かれる。
これを図像にしたのが両界曼荼羅であり、母の胎内で子を守り育てるがごとく大慈大悲の理を表したのが「胎蔵(生)」での姿、一切の煩悩を打ち砕く大智大徳を表したのが「金剛界」での姿として表現される。『大日経』をはじめとした公式設定では「胎蔵(生)」では黄金身で法界定印(臍前で右掌を左掌の上に掌を上にして重ね、親指同士を軽く合わせる)を結び、「金剛界」では白色身で智拳印(胸前で左手人差し指を握り、握った右手人差し指を曲げる)を結ぶとされている。五智如来(金剛界五仏:大日如来、東方阿閦如来、南方宝生如来、西方観自在王如来、北方不空成就如来の五仏)の中尊であるというのが有名ではあるが、胎蔵においても五仏を招集し、これを胎蔵五仏(大日如来、宝幢如来、開敷華王如来、無量寿如来、天鼓雷音如来)と称する。
一般的な如来が簡素な姿で表されるのに対し、如来の王として宝冠、瓔珞(胸飾り)、環釧(手首・腕飾り)、天衣などで荘厳された姿で表される。
 
所依経典『大毘盧遮那成仏神変加持経

《本像尊容》
本像は大日如来には珍しい立像であり、太陽を光背と成し須弥山の遠景に顕現した姿を表しているといえる。金剛界大日如来の白色身のように見えるが、赤みを帯びた黄金身を示している。大日如来を中心に浮遊する球は中台八葉院(像では見えない位置にあるが大日如来の背面に宝幢如来、以下時計回りに普賢菩薩、開敷華王如来、文殊菩薩、無量寿如来、観自在菩薩、天鼓雷音如来、弥勒菩薩である)『大日経』は『金剛頂経』に比して中身の体系化が粗削りといわれるが、その原初的な儀軌において表現されているといえよう。また胎蔵大日如来は母性を示すとされるが「胎蔵」の文字通り、それを表したものとなっている。

胎蔵生大日如来

胎蔵生大日如来
-森羅万象、世界の真理そのもの-

 尊像在所
* 坐像-妙楽寺(千葉県):丈六仏、重要文化財

仏像図彙所収
不動三尊不動三尊

【梵名】
 アチャラナータ [Acalanātha अचलनाथ]
【三昧耶形】
 倶利伽羅剣、羂索
【種字】
 「हां(hāṃ)カーン」「हाम्मां(hāmmāṃ)カンマーン」
【真言】
 のうまく さんまんだ ばざらだん かん
 のうまく さんまんだ ばざらだんせんだ まかろしゃだ そはたや うんたらた かんまん
 のうまく さらばたたぎゃてい びゃくさらばぎゃてい びゃくさらばぼっけい  びゃくさらばたたらた せんだまかろしゃだ けんぎゃきぎゃき さらばびぎなん うんたらた かんまん

不動明王(三尊)-理の究極王-

インド神話におけるシヴァの名のひとつ「アチャラナータ(Acalanātha)」が個別の尊格として仏教に取り入れられたもの。
「不動」は「アチャラナータ」の意「動かざる者」から漢訳された。本来は「不(無)動尊」、「不動使者」など「明王」とは呼ばれず、明確な明王としての尊格ではなかった。「不動」とは単に動かないことではなく、「心留めず」ということを意味し、如来の悟りの境地を表している。音写では「阿遮羅嚢他(あしゃらのうた)」と称される。
大日如来が一切の魔障や煩悩を降伏させ、人々を教え導くために姿を変えた化身(教令輪身)とも、大日如来に生み出された使者ともされる。一般的には忿怒相で肌青黒く、左胸前に編んだ長い髪を垂らし(弁髪)、頭頂部は花形を模した莎髻(しゃけい)に編む(『Fate』のセイバーのようなお団子に三つ編みを巻いた髪型)。また、アフロを模した巻髪(けんぱつ)である場合も見られる。さらに蓮華冠を戴く場合もある。右手に降魔の智剣・利剣(倶利伽羅剣)を、左手に魔を砕き捕えるための羂索を持ち、瑟瑟座や岩座に結跏趺坐した坐像、岩座に直立した立像で表される。瑟瑟座や岩座はいずれも金剛石、すなわちダイヤモンドを表し、不動明王の堅固な菩提を意味している。
人間界と仏界を隔てる境界線上の火生三昧(かしょうざんまい、煩悩や欲望が人間界を越えて侵蝕しないよう焼き尽くすための爆炎障壁で囲まれた世界)と呼ばれる炎の世界に住しているとされる。そのため、像では邪龍、凶蛇を焼き尽くす迦楼羅王が噴き出す炎、もしくは炎に包まれた迦楼羅王を模した火焔光背を負った姿で表される。
眷属に八大童子、三十六童子、四十八使者を従えるが、このうち二童子の矜羯羅童子(王の左脇に立つ)と制吒迦童子(王の右脇に立つ)を脇侍として伴うことが多い。矜羯羅童子は金剛杵を親指にはさんで合掌し不動明王を見上げる姿で表され、制吒迦童子は金剛棒(あるいは金剛杵と二宝器)を手にしてぞんざいな姿で表現される。これは人間の様々な信心を表しており、一心無心に敬愛する者もあれば、気もそぞろな者もあり、しかしながらいずれも不動明王に帰敬する心に変わりなく、それらすべてを我が下に置いて寛容する王の徳を表している。
胎蔵曼荼羅では持明院に究極王として列座する。また、五大明王や八大明王の中尊であり、明王の中でも最高の力を持つとされる。
 
 所依経典『聖無動尊大威怒王秘密陀羅尼経』

《本像尊容》
本像は不動明王の住む火生三昧の世界が描かれており、中央には偉大な不動明王、王の左側には上目遣いで合掌する「矜迦羅童子(こんがらどうじ)」が、右側には棒を抱え遠見する「制叱迦童子(せいたかどうじ)」が立つ。二童子からは従順さと奔放さの二面性がうかがえ、安定した三角形の構図とともに三尊三様の性格の違いが表されている。不動明王の特徴は9世紀末に天台宗の僧安然(あんねん)が『不動明王立印儀軌修行次第胎蔵行法(りゅういんぎきしゅぎょうしだいたいぞうぎょうほう)』中に「不動明王十九観」として記しているが、本像は経典儀軌の規定を忠実に踏まえた観想礼拝のための仏画であるということが理解できる。

不動三尊

不動明王(三尊)
-因果応報、真理遂行の代行者-

 尊像在所
* 坐像-東福寺塔頭同聚院(京都府):重要文化財
* 坐像-南法華寺(奈良県):平安時代作

仏像図彙所収
持国天持国天

【梵名】
 ドゥリタラーシュトラ [Dhṛtarāṣṭra धृतराष्ट्र]
【三昧耶形】
 刀
【種字】
 「धृ(dhṛ)ヂリ」
【真言】
 おん ぢりたらしたら ら ら はらまだのう そわか

持國天 -盲目の真王-

仏教における天部の一神。増長天、広目天、多聞天とともに須弥山を中心とした仏界を守護する四天王の一尊である。須弥山の東方中腹、仏界(六欲天)の第二層四王天にある賢上城に住み、四大陸のうち東勝身洲(とうしょうしんしゅう)にある仏門を守護する。
サンスクリット名を「ドゥリタラーシュトラ」といい、「国を護持する者」という意から「持国天王(じこくてんのう)」と漢訳された。東方を守護することから「東方天」とも、また音写により釈迦十六善神などでは「提頭頼吒天(だいずらたてん)」とも呼ばれる。その名の意から国家安泰の功徳があるとされ、ひいては一族郎党、家族の和合繁栄を護持するといわれる。名前を唱えるだけの他の三天に比べて特異な真言であり、その中にある「はらまだな」とは「傲慢」や「尊大」なさまを表すが、「持国」の名前とともに古代インドにおける王としての品格のひとつであったこれらにより、持国天が四天王の中でも真の王であることを意味している。古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』には盲目の王として持国天が登場する。
忿怒形に青い体身(胎蔵曼荼羅では赤肉色)で革製の唐鎧の上に天衣(てんね)を身に着け、右手に宝珠を持ち左手に刀剣を持つ、もしくは左手を拳にして左腰に当て右手に刀剣を持った武将風の姿で表される。また、中国では白い顔に琵琶を持った姿で表されることも多い。元は帝釈天眷族の筆頭であったが、増長天、広目天、多聞天とともに四天王として独立した天部神となり、帝釈天隷下として自らは八部鬼衆のうち「乾闥婆(ガンダルヴァ)」と「畢舎遮(ピシャーチャ)」を眷族としている。また上で挙げたように釈迦如来を守護する十六善神にも名が連ねられる。胎蔵曼荼羅においては東方守護として外金剛部院の東方(上部)中央に配される。仏堂においては本尊の向かって右手前に安置されるのが原則である。
 
所依経典『金光明最勝王経』

《本像尊容》
本像も、石商師の造像の中では最初期の像と考えられているが、四天王像の中では最後に作られたものとおぼされている。他像同様、尊容は儀軌に則ったものを継承しようという試みが見受けられる。全身はポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール(PBO)を液晶紡糸したザイロン繊維に似た装甲で覆っているが、唐鎧の特徴である護心鏡の胸甲、龍頭の肩喰や鰭袖(ひれそで)、獅噛(しかみ)、天衣(てんね)は必ず取り入れている。構図としては東寺像(京都府)や円通寺像(佐賀県)が近く、刀剣を持った右手を高く掲げ、左手を腰に当てた躍動感ある尊容となっている。この姿は正統なる王としての宣誓や鼓舞を表しているといわれ、まさに調伏した鬼神(四苦のうちの生苦 スクリーチ Life Screech)の上で声高らかに征討の完遂を宣言した姿といえよう。

持国天

持國天
-四天王中唯一の王族クシャトリア-

 尊像在所
* 立像-教王護国寺(東寺) 講堂(京都府):重要文化財 
* 立像-萬福寺(京都府):天王殿に安置、范道生(明の仏師)作
* 立像-東大寺戒壇院(奈良県):国宝

増長天

【梵名】
 ヴィルーダカ  [Virūḍhaka विरूढक]
【三昧耶形】
 刀剣、矛
【種字】
 「हां(vi)ビ」
【真言】
 おん びろだきゃ やきしゃぢはたえい そわか

増長天 -衆生の守り手-

仏教における天部の一神。持國天、広目天、多聞天とともに須弥山を中心とした仏界を守護する四天王の一尊である。須弥山の南方中腹、仏界(六欲天)の第二層四王天にある南瑠璃埵(みなみるりた)に住み、四大陸のうち南贍部洲(なんせんぶしゅう)にある仏門を守護する。我々衆生が住むのも南贍部洲とされており、最も衆生と近しい神といえる。
サンスクリット名を「ヴィルーダカ」といい、「増大する者」という意から「増長天王(ぞうちょうてんのう)」と漢訳された。南方を守護することから「南方天」とも、また音写により釈迦十六善神などでは「毘楼勒叉天(びるろくしゃてん)」とも呼ばれる。その名の意から五穀豊穣や出世躍進の功徳があるとされ、ひいては一族郎党、家族の育成繁栄を護持するといわれる。
忿怒形に赤い体身(胎蔵曼荼羅でも赤肉色)で革製の唐鎧の上に天衣(てんね)を身に着け、右手に剣もしくは矛あるいは金剛杵を持ち、左手を拳にして左腰に当てた武将風の姿で表される。まれに弓矢を持つ像もある。また、胎蔵曼荼羅の尊容を踏襲して増長天が鬼神を踏み押さえているのではなく、増長天の前に鬼神が両手で剣を持ち跪いている従者のような表現も見られる。また、中国では青い顔に宝剣を持った姿で表されることも多い。元は帝釈天眷族であったが、持国天、広目天、多聞天とともに四天王として独立した天部神となり、帝釈天隷下として自らは八部鬼衆のうち「鳩槃荼(クバンダ)」と「薜茘多(ヘイレイタ)」を眷族としている。また上で挙げたように釈迦如来を守護する十六善神にも名が連ねられる。胎蔵曼荼羅においては南方守護として外金剛部院の南方(右方)中央に配される。仏堂においては本尊の向かって左手前に安置されるのが原則である。
 
所依経典『金光明最勝王経』

《本像尊容》
本像も、石商師の造像の中では最初期の像と考えられている。持国天、広目天、多聞天像同様、尊容は儀軌に則ったものを継承しようという試みが見受けられる。しかしながら、全身装甲の唐鎧からは大きく外れ、護心鏡の胸甲は形を残すものの、腹甲は簡略化されたものとなり、肩喰(肩の鎧)や獅噛(しかみ)なども取り除かれている。これは全体の意匠からもわかるように南方仏教圏から伝えられた尊容を意識しているからと考えられている。南方の穏やかな風土を讃えるかのような表現として増長天自体の表情も破顔した朗らかなものとなっており、調伏した鬼神(四苦のうちの老苦 ピッグ・スクイール Pig squeal)の上に立つ様子もどことなくコミカルな雰囲気を感じさせる。

英釈

Virūḍhaka (Japanese: Zōchō-ten, Chinese: Zengchangtian) is one of the Four Heavenly Kings and an important figure in Buddhist mythology. He is part of the Buddhist Pantheon of Esoteric Buddhism. His name means “He who enlarges” or “Patron of Growth”, and He his the guardian of the South.

増長天

増長天
-盾矛となって衆生の糧を守る武烈王-

 尊像在所
* 立像-教王護国寺(東寺) 講堂(京都府):重要文化財 
* 立像-萬福寺(京都府):天王殿に安置、范道生(明の仏師)作
* 立像-東大寺戒壇院(奈良県):国宝

増長天

【梵名】
 ヴィルーパークシャ [Virūpākṣa विरूपाक्ष]
【三昧耶形】
 三鈷戟
【種字】
 「वि(vi)ビ」
【真言】
 おん びろばくしゃ ながぢはたえい そわか

廣目天 -異能の龍眼王- 

仏教における天部の一神。持國天、増長天、多聞天とともに須弥山を中心とした仏界を守護する四天王の一尊である。須弥山の西方中腹、仏界(六欲天)の第二層四王天にある白銀埵(はくぎんた)に住み、四大陸のうち西牛貨洲(さいごけしゅう)にある仏門を守護する。
サンスクリット名を「ヴィルーパークシャ」といい、「異能の眼(龍眼・蛇眼)」という意から「広目天王(こうもくてんのう)」と漢訳された。西方を守護することから「西方天」とも、また音写により釈迦十六善神などでは「毘楼博叉天(びるばくしゃてん)」とも呼ばれる。その名の意から先見之識や博覧強識の功徳があるとされ、また眼力による外敵防除の利益があることから、一族郎党、家族の発展繁栄を護持するといわれる。
忿怒形に白い体身(胎蔵曼荼羅でも白肉色)で革製の唐鎧の上に天衣(てんね)を身に着け、右手に三鈷戟(先端が三叉に分かれた矛)を持ち、左手を拳にして左腰に当てる、もしくは羂索(不動明王が持つものと同じ両端に金具のついた捕縛縄)を提げ持った武将風の姿で表されるが、仏像においては右手に筆、左手に巻子(経巻)を持ち、眼をすがめて遠くを見ながら何かを書き留める尊容が良く知られたものとなっている。その眼で広く世界を見通し守護することから、羂索を持つのは世界の隅々に至るまではびこる魔を滅すことを表しているのであり、筆と巻物を持つのも同様、仏法を広め世界を監視記録することを表している。中国では赤い顔に龍を持った姿で表されることも多い。元は帝釈天眷族であったが、持国天、増長天、多聞天とともに四天王として独立した天部神となり、帝釈天隷下として自らは八部鬼衆のうち「那伽(ナーガ 龍族)」と「富単那(フタンナ)」を眷族としている。また上で挙げたように釈迦如来を守護する十六善神にも名が連ねられる。胎蔵曼荼羅においては西方守護として外金剛部院の西方(下部)中央に配される。仏堂においては本尊の向かって左後方に安置されるのが原則である。
 
所依経典『金光明最勝王経

《本像尊容》

本像は持国天、増長天、多聞天像とは異なり慣例にしたがってか、その尊容は仏教伝来から広まるに連れて(天平時代から平安初頭)多く作られた右手に筆、左手に巻子を持ったものが踏襲されている。その眼には異能の眼「浄天眼」を強調して表す天眼鏡(てんがんきょう)が荘厳されており、現代像としての大きな特徴として一般化していくものと思われる。持国天と比べてほぼ全身をポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール(PBO)を液晶紡糸したザイロン繊維に似た一体成型装甲で覆っており、増長天と同様に唐鎧のパーツは軽装化され、護心鏡の胸甲と肩喰(肩の鎧)を残すのみである。筆と巻子を持った姿から想像されるように、どちらかといえば文官のイメージを強調しているといえる。広目天の理知的な表情と対比して、調伏した鬼神(四苦のうちの病苦 ガテラル Guttural moan)恍惚とした様子が増長天像とはまた別のコミカルさを醸し出しているといえる。

増長天

廣目天
-世界を見通す異能の龍眼、諸龍の王-

 尊像在所
* 立像-教王護国寺(東寺) 講堂(京都府):重要文化財 
* 立像-萬福寺(京都府):天王殿に安置、范道生(明の仏師)作
* 立像-東大寺金堂(大仏殿)(奈良県):江戸時代作、持国天・増長天像は未完成
* 立像-東大寺戒壇院(奈良県):国宝
* 立像-當麻寺(奈良県):重要文化財

多聞天多聞天

【梵名】
 ヴァイシュラヴァナ [Vaiśravaṇa वैश्रवण]
【三昧耶形】
 宝塔
【種字】
 「वै(vai)ベイ」
【真言】
 おん べいしらまんだや そわか

多聞天 -夜叉王毘沙門天- 

仏教における天部の一神。持國天、増長天、廣目天とともに須弥山を中心とした仏界を守護する四天王の一尊である。須弥山の北方中腹、仏界(六欲天)の第二層四王天にある水精埵(すいせいた)の有財城天敬宮(うざいじょうてんぎょうぐう)に住み、四大陸のうち北倶盧洲(ほっくるしゅう)にある仏門を守護する。
サンスクリット名を「ヴァイシュラヴァナ」といい、この名は元々インド神話に登場するクベーラ神の別称であり、「ヴァイシュラヴァスの息子」という意味を持つ。また「良く聞き取る者」という意をも持つことから「多聞天王(たもんてんのう)」と漢訳された。北方を守護することから「北方天」とも、また音写により釈迦十六善神などでは「吠室羅末拏天(べいしらまぬてん)」とも呼ばれる。功徳としては、その名の意からよりもクベーラの財宝福徳神としての性格、夜叉や羅刹の王であることからの戦勝勝運を司る戦闘神としての性格が取り入れられ、一族郎党、家族の発展繁栄を護持するといわれる。このほか、仏法を護持(仏が説法する道場を守護する)する神であることから、誰よりも仏のそばで説法を多く聞いているため仏法に対する知識が深く、僧が悟りを得るまでの道すがらを守護するといわれる。
忿怒形に玄い(くろい 緑で表されることが多い)の体身(胎蔵曼荼羅では黄肉色)で革製の唐鎧の上に天衣(てんね)を身に着け、右手に宝棒もしくは三鈷戟(先端が三叉に分かれた矛)あるいは宝剣を持ち、左手には宝塔を掲げた姿が多いが、左手を拳にして左腰に当てる姿で表されることもある。中国では玄い顔に右手に傘を持ち、左手に銀のねずみを持った姿で表されることも多い。元は帝釈天眷族であったが、持国天、増長天、広目天とともに四天王として独立した天部神となり、帝釈天隷下として自らは八部鬼衆のうち「夜叉(ヤシャ)」と「羅刹(ラセツ)」を眷族としている。また上で挙げたように釈迦如来を守護する十六善神にも名が連ねられる。胎蔵曼荼羅においては北方守護として外金剛部院の北方(左方)中央に配される。仏堂においては本尊の向かって右後方に安置されるのが原則である。
四天王の中でも特に単独で信仰されることが多く(独尊 どくそんという)、この場合は「毘沙門天」と呼ばれる。三尊や曼荼羅などでは妻である吉祥天を左脇侍とし、息子である善膩師童子(ぜんにしどうじ)を右脇侍とする。また、五太子のほか、八大夜叉大将、二十八使者など多くの眷属を従える。さらには「槃闍那(はんじゃな)」という妃(中阿含經)や、総じて九十一子がいる(大方等大集経)とする経典もあり、その多彩な設定が広い信仰をうかがわせる。多聞天自身はもともと夜叉衆の王であり、羅刹衆の王である羅刹天王とは異母兄弟に当たる。毘沙門天の死後、妃である吉祥天は宝生如来の一尊である吉祥摩尼宝生如来となり、また毘沙門天八大夜叉大将の一鬼である無比力夜叉は大元帥明王となった、と説かれる。室町時代以降は七福神の一尊としても信仰され、「毘沙門さん」の呼称で信奉されている。
 
 所依経典『金光明最勝王経』

《本像尊容》
本像は四天王像のみならず、すべてにおいて石商師の造像の中でも最初期の像と考えられている。その尊容は極めてオーソドックスであり、努めて儀軌に則った姿を表そうとしているのが見て取れる。すなわち、護心鏡の胸甲と魚鱗甲の腹甲、獅噛(しかみ)を組み合わせた唐鎧に身を包む。左手には三昧耶である宝塔を持ち、右手には三鈷杵を模した槍を手にし、調伏した鬼神(四苦のうちの死苦 グロウル Death growl)の上に立った姿である。口元を引き締め、瞳を凝らした面容からは御仏の先鋒として魔障魔碍や煩悩の類を殲滅せしめんとする、帝釈天の配下として四天王最強であろうとする生真面目な性分が現れているようである。

多聞天

多聞天
-四天王中最強を誇る軍神-

 尊像在所
* 立像-教王護国寺(東寺) 講堂(京都府):重要文化財 
* 立像-萬福寺(京都府):天王殿に安置、范道生(明の仏師)作
* 立像-鞍馬寺(京都府):日本三大毘沙門天の一つ、国宝
* 立像-山科毘沙門堂(京都府):伝最澄自刻
* 立像-東福寺塔頭勝林寺(京都府):平安時代作、夢告により東福寺仏殿天井裏より発見
*立像- 東大寺戒壇院(奈良県):国宝
* 立像-東大寺金堂(大仏殿)(奈良県):江戸時代作、持国天・増長天像は未完成
* 立像-朝護孫子寺(奈良県):日本三大毘沙門天の一つ、伝聖徳太子勧請
* 立像-信貴山玉蔵院(奈良県):双身毘沙門天
* 立像-神峯山寺(大阪府):役行者開基、日本で最初に毘沙門天が安置された
* 立像-本山寺(大阪府):重要文化財、日本三大毘沙門天の一つ
*立像-葛川息障明王院(滋賀県):千手観音を中尊とした三尊像の左脇侍(右は不動明王)、重要文化財