現代イラスト作家による仏図像抄
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仏階概観

梵   名

ブラフマー [Brahmā ब्रह्मा{]

ク ラ ス

十二天

真   言

ナウマク サマンダ ボダナン ブラフマネイ ソワカ

種   子

bra 【ボラ】

三昧耶形

水壺"アートマブー"、数珠"パラメーシュティン"、弓"スラジェーシュタ"、笏"ピターマハ"、佛典"ヴェーダ(吠陀)"、宝棒(Brahmāstra ブラフマ・アストラ)"ローケーシャ"

御 利 益

天気に困らない御利益、ものを作り出すのに困らない御利益、迷っている背中を押してくれる御利益、はったりが通用する御利益、ストーカー並みの執念で追いかければ恋が実る御利益、肉を斬らせて骨を断てる御利益、立ちはだかるすべてを退ける大破魔、これらすべて仏法を敬った上での御利益

尊能諸元

色界十八天、初禅三天は大梵天に寓する天界の最高位支配者。魔羅によって崩壊を引き起こされた三千大千世界を修復・再創造する役目を持つ。

英釈

Brahmā is the guardian deity of Buddhism (Deva). He belongs to the twelve deities. And he is often enshrined a matched pair of worships with indraḥ. They are referred to as numb "Bra-In" in conjunction with two deities at diverse times. His real name is Brahmā Sahampati, and he is the most senior of the Brahmās. He is famous for his role to encourage Gautama Siddhārtha as Buddha to teach the Dharma, that is what he learned, what he searched, what he found to others, after he manifested himself to Gautama Siddhārtha who attained enlightenment through an ascetic and hard meditation. Of all the Brahmās, Sahampati has been the closest one to the Buddha.

所依経典

『大梵天王問仏決経』

尊像在所

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*坐像-教王護国寺(東寺)講堂(京都府):国宝
*立像-唐招提寺金堂(奈良県):国宝

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仏階概観

梵   名

インドラ [śakro devānām indraḥ] इंद्र 釋提桓因

真   名

摩訶 憍尸迦(まか きょうしか)

ク ラ ス

梵釈二天、十二天

真   言

ナウマク サマンダ ボダナン インダラヤ ソワカ

種   子

i 【イ】

三昧耶形

八鈷杵(テジャス तेजस)、独鈷杵(アストラ अस्त्र)

御 利 益

病魔災厄を殲滅する御利益(超々大破魔)、世界最強になれる御利益、王の富を手に入れられる御利益、虚偽を見抜いたり見抜かれなかったりする御利益、千の異性を抱いたり抱かれたりできるがそのたびその身を刻まれる御利益あるいは天罰、これらすべて仏法を敬った上での御利益

尊能諸元

天界の支配者、三千大千世界最強の軍神。
八鈷杵テジャスにより、『アグネアの矢』のひとつである「スレーンドラジット」を凌ぐ威力の「インドラジット」を自在に操り、天衣からは独鈷杵「アストラ」を呼び出す。それら二つにより、「雷帝」の異名を持つ。
須弥山の頂、忉利天は喜見宮を居城とす。
帝釈天を信奉する者は、その死後、「勇者の魂(nāyak ātma नायक आत्मा)」として喜見城に集められ、煩悩を討つ帝釈天軍の兵として迎え入れられる。

英釈

Śakro is the ruler of the Trāyastriṃśa Heaven according to Buddhist cosmology. His full title is Śakro devānām indraḥ (शक्रो देवानं इन्द्रः)"Śakro, lord of the devas". In Buddhist texts, Śakro is the proper name and not an epithet of this deity; conversely, Indra in Sanskrit are sometimes used as an epithet for Śakro as "lord".

所依経典

『大智度論』

尊像在所

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*半跏像-教王護国寺(東寺)講堂(京都府):国宝
*立像-蓮華王院(三十三間堂)本堂(京都府) :木造二十八部衆立像
*立像-東大寺 法華堂(奈良県)

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仏階概観

梵   名

ヴァイシュラヴァナ [Vaiśravaṇa वैश्रवण]

ク ラ ス

四天王、十二天

真   言

オン ベイシラマンダヤ ソワカ

種   子

vai 【ヴァイ】

三昧耶形

五尖槍(スレッグ・コーイクリン Sleg cóicrind)、宝塔(ミズレサン Midhlethan)

立  壇

鬼神坐(グロウル Death growl)

御 利 益

北方より来る病魔災厄を退ける御利益(大破魔)、勝機を逃さない御利益、財を成す才能を得る御利益、いかなる外敵の侵略も破防する御利益、常に随従庇護感を得られる御利益

尊能諸元

六欲天の第一天・四王天は須彌山の北、北倶盧洲(ほっくるしゅう)を守護する。水精埵(すいせいた)は財善城を居城とす。
八部鬼衆のうち夜叉(ヤシャ)、羅刹(ラセツ)を眷属とする。羅刹天王は異父兄弟(姉妹)にあたる。
毘沙門天の死後、妃たる吉祥天は吉祥摩尼宝生如来となり、毘沙門夜叉大将である無比力夜叉は大元帥明王となった、とされる。

所依経典

『金光明最勝王経』

尊像在所

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*立像-東大寺戒壇院(奈良県):国宝
*立像-信貴山(奈良県):伝聖徳太子勧請
*立像-山科毘沙門堂門跡(京都府):伝最澄自刻
*立像-東福寺塔頭勝林寺(京都府):夢告により東福寺仏殿天井裏に出現
*立像-葛川息障明王院(滋賀県):千手観音を中尊とした三尊像の左脇侍(右は不動明王)、重要文化財

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仏階概観

梵   名

ヴァイシュラヴァナ [Vaiśravaṇa वैश्रवण]

ク ラ ス

上杉謙信念持仏

真   言

ノウマク サンマンダ ボダナン ベイシラマンダヤ ソワカ

種   子

vai 【ヴァイ】

三昧耶形

三尖槍

御 利 益

いかなる戦災からも生き延びることができるご利益

尊能諸元

毘沙門天を篤く信仰していた戦国武将上杉謙信が祀っていた念持仏。その御姿は、多宝塔を掲げた一般的な毘沙門天像とは異なり、宝塔を持たず、三尖槍のみを立てた姿で邪鬼を踏む。京都の鞍馬寺に同様の毘沙門天像を見ることができる。
伝承では、戦場から久しぶりに春日山城へ戻った謙信が毘沙門堂へ参ったところ、堂内に泥のついた足跡が毘沙門天像まで続いているのを見つける。それを見た謙信は「毘沙門天は常に我と共にありて正に共に帰陣す」と、堂内を汚した者を咎めず、大層喜んだとある。毘沙門天の功徳とともに、機転を利かせて配下の者を咎めなかった謙信の人徳を讃えることを表している。※1
肌生成り色、髪月白が血露を吸いて真紅に染まる。容貌童顔、一面二臂。

注釈

※1 現在、泥足毘沙門天が安置されている法音寺では、謙信はたびたび毘沙門堂にて戦勝祈願のために参籠読経していたが、あるとき謙信出陣後、護摩壇(ごまだん)から堂外に向って足跡が点々と残っているのが見つかり、毘沙門天が謙信の戦陣に加勢しているということから、上杉家では「泥足毘沙門天」と尊称されるようになったとあり、従来の戦場から戻ってきた説とは逆の内容になっている。「堂外に向かって足跡が点々」とって、それ謙信の足跡だろw こっちの方が実際なのかもしれませんね。

尊像在所

*立像-法音寺(山形県):製作年代 鎌倉時代

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仏階概観

梵   名

マハーカーラ [Mahākāla महाकालः] 摩訶迦羅

ク ラ ス

大自在天霊応現

真   言

オン マカキャラヤ ソワカ

種   子

ma 【マ】

三昧耶形

戦山羊、宝鎚、宝帯、金剛手

御 利 益

自らの血肉を対価として「敵」を倒すことにより福徳を得られる絶対的サクリファイス、すなわち自己供物、他敵障碍が必要となる条件付御利益、美食を求めればそれが得られる絶対的御利益、ただし山羊に関する料理だけは禁忌

尊能諸元

大自在天(シヴァ)を喰らいしもの。元は大自在天が持つ超意識体のひとつに過ぎなかったが、大自在天が応現を繰り返すことにより授肉、現界を果たして一神となる。大自在天と烏摩妃を従属化、大自在天の白牛(ナンディン)を黒い山羊と変え、大自在天の第二嗣神・象鼻天の皮を剥ぎ、隠形身衣と成すほどの力を持つ暴神。
凍てついた眼と黒髪青髭、青黒雲色の肌を持つ身形極めて大なる暴悪忿怒形と形容される。
雷電煙火を以て光背と成す。
天竺は烏尸尼(ウッジャイン)の東、屍林=奢摩奢那(シャマシャナ)と呼ばれる広さ1由旬の森山に住す。
毘財涅槃塚(ビルスキルニル)を居城とす。

大黒天は多くの優れた財宝を持つとされ、それらによって衆生に福徳を分け与える一方で、自らは、それら財宝の一部で以て魔を破滅せしむるとされる。
主なものはすなわち、
・戦山羊(タングリスニル/タングニョーストル):大黒天の戦車を牽く二頭の黒山羊。元は大自在天の神獣である白牛である。二頭は大黒天の糧食を兼ねているが、骨と皮さえ残っていれば、如意宝鎚を振ることで再生させることができる。
・宝鎚(ミョルニル):「打ち砕くもの」という意味をもつ鎚。カーラハンマーとも呼ばれる。仏敵を倒す以外に、物や人を清める作用があり、結婚式や葬式において、大黒天に鎚を振ってもらえるよう祈願するとよいとされる。
 本来は、その重い鎚部分に見合う長い柄がついていたが、シヴァとの戦闘により柄は折られ、短くなったままとなっている。
・宝帯(メギンギョルズ):「力の帯」を意味する、大黒力(カーラメギン)を倍加させるため腰に巻く廻し。手首、上臂にも同様の手力緒(たぢからお)が締められる。宝鎚を振るうために必要。
・金剛手(ヤールングレイプル):「鉄の手袋」を意味する、宝鎚を握るための籠手。
・シャールヴィ/ロスクヴァ:大黒天の従者。シヴァと、その妃ウマーを表すといわれる。

大黒天より福徳を得るには必ず自らの代償と、「敵を倒す」という条件が課せられる。ここでの「敵」とは、実際の戦闘における敵のみならず、例えば、政敵、商売敵、恋敵、他あらゆる勝負における障碍を意味する。
古来、代償として実際に多くの血が流されてきたが、近年では、大黒天神像を浴油する(油で拭くことで像が黒く変色する、黒くなれば黒くなるほど大黒力も強化される)沐浴の儀から、日サロ等で日焼けすることが代償功徳として変容してきている。※1

注釈

※1 現在ではやや帰敬者が減少した傾向にあるが、日焼けしたチャラ男やギャルは概ね大黒天信奉者といわれている。また、90年代、流行した「ガングロ」のメイクをした女子は総じて大黒天の巫女であったと目される。「ヤマンバ」に至っては巫女頭といったところか。

所依経典

『大黒天神経』

尊像在所

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*立像-延暦寺国宝殿(滋賀県) :鎌倉時代作、重要文化財

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仏階概観

梵   名

マハーシュリー [Mahāśrī महाश्री] 摩訶室利

ク ラ ス

毘沙門三尊(毘沙門天を中尊とし吉祥天、善膩師童子が脇侍となる)

真   言

オン マカシリエイ ソワカ

種   子

sri 【シリ】

印   契

与願印

三昧耶形

如意宝杖

御 利 益

災禍に見舞われることなく尽きることのない幸運に包まれる絶対的御利益、望むままの良縁に出会える御利益、秘められた美を開花させてくれる御利益、食べるに困ることがない御利益、一攫千金も夢じゃない御利益、いかなる性欲も受け入れてくれる寛大な御利益

尊能諸元

六欲天の第一天・四王天は須彌山の北、北倶盧洲(ほっくるしゅう)を毘沙門天とともに守護する。水精埵(すいせいた)は天敬宮を居城とす。毘沙門天の妃、善膩師童子を子として持つ。徳叉迦龍王を父、鬼子母神を母とする。また来迎の際には妹の黒闇天を伴うことが多いので注意。『涅槃経』に曰く、「此二人、常に同行して離れず」とある。
肌白桃色にして容貌温顔、一面二臂。右臂にて与願印を結び、左臂にて如意宝杖を持つ。  
富と繁栄、美と幸運、財産と知恵を授けるとされ、古来より主尊としても帰敬されてきた。

毘沙門天の死後、吉祥摩尼宝生如来(きちじょうまにほうじょうにょらい)となり、吉祥宝荘厳浄土を開くと言われる。毘沙門夜叉大将である無比力夜叉(曠野鬼神)が毘沙門天の死後、大元帥明王となることからも、共に毘沙門天からの菩提遷移が著しいと見られる。

所依経典

『金光明最勝王経巻第八大吉祥天女品第十六』

尊像在所

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*仏画-薬師寺(奈良県):国宝
*立像-浄瑠璃寺(京都府):鎌倉時代、重要文化財

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仏階概観

梵   名

ヤマ・ラージャ [Yamarāja यमराज]

ク ラ ス

閻魔庁第五王

真   言

オン エンマヤ ソワカ

種   子

ha 【カ】

三昧耶形

拏幢

御 利 益

悪意ある疑罔に見舞われないご利益、子を授かるご利益、死後に情状酌量を得られるかもしれない相対的ご利益

尊能諸元

中陰審理のうち、57日を司る地獄の王。
十王のうちの第五王。前四王(初七日の秦広王、二七日の初江王、三七日の宋帝王、四七日の五官王)の審理を受け、死者を六道のうち、いずれに転生させるかを決定するのが役目。
発生佛理学的には、焔摩天の霊意的同位体と考えられている。両者は、吉祥天・黒闇天と同様の位相応現尊とする説もあるが、閻魔王が焔摩天を"姉"として恋慕する様相からすれば、同位雙王説、すなわち姉たる光明天界の焔摩天、妹たる暗黒地界の閻魔王、姉妹一対で二人並びたる運命、死、冥界を司る王とする説が有力である。御真影のパターン(三昧耶形配置構造)や印契などは、焔摩天、閻魔王両者極めて酷似しており、その同位性はより高次のものと考えられる。ただし、基本的な外観には一定の異相があるため、佛理法則的に完全な同位体とは考えにくい。閻魔王は「雙世の報」というものを持つが、これは彼女が神でありながら常に苦楽二つの報いを受けることを意味し、"苦楽"とはすなわち姉・焔摩天との邂逅別離のことであり、人間にとっては誕生と死別がこれに該当する。
肌石膏色、髪鉄紺より露草を経て天色に至り、勿忘草に輝く。容貌童顔、一面二臂二触臂。右臂は掌を仰げ、左臂にて夜摩天楼を模した檀拏幢を持つ。
光背にある「浄玻璃の鏡」にて死者が生前に働いた善悪の行為を映し出し、檀拏幢にある鬼頭両対の府君眼(白眼)、闇天眼(灼眼)にて生前の行いを記録する。嘘をつく死者は蛸の触腕のような義臂で鞭打ったり、縛りつけて吐かす。ただ、近年ではヌメヌメした感触が気持ちいいと死者の間で評判となり、逆に嘘をつく死者が増えていて困っている。ヘンタイは死んでも治らない。
1月16日と7月16日のみは、閻魔王が休務される日であり、この日は日がな一日、地獄の底より夜摩天のある天界を見上げ、離れた姉に想いを寄せている。
好きなものはこんにゃく。
おでん、田楽、こんにゃくであればなんでも好きだが、最近は特にいり煮にはまっている。就寝時には骸骨人形トゥルダクを抱いて寝るのがお気に入り。
三頭(あるいは牛頭)四眼蛇斑紋の獣、サーラメーヤ※1を飼う。常に閻魔王の傍らに寝そべり、地獄より逃げ出そうとする死者を捕らえて貪り食らうといわれる。
極度のシスコン。天界に棲む姉・焔摩天をこよなく愛し、恋い慕う。いつか自らが天に召される日が来て、姉に逢えると信じ、日々、地獄の亡者を裁くことに励む。日本仏教においては地蔵菩薩のコスプレと疑われている。
賽ノ河原のリトル・リーグでは、"HELL BOYS(ヘルボーイズ)"の監督を務める。打倒法界王の"Fürst Cerberus(フュルストサーベラス)"。ここ一万二千年ほどはフュルストサーベラスのリーグ優勝が続いている。
一介のエテ公に過ぎなかった闘勝戦如来※2 とは旧知の仲であり、地獄での大乱闘は今でも獄卒の間で語り草となっている。

注釈

※1 その唾液の主成分は強毒性の神経毒であるジテルペン系アルカロイドのアコニチンで、他にメサコニチン、アコニン、ヒバコニチン、低毒性成分のアチシンの他ソンゴリンなどを含む。仏教音楽と甘いものが好き。甘いものは、特に蜂蜜と芥子の粉を練った焼菓子を好み、おあずけを食うと溜まりのようなよだれを垂らすため、地獄の獄卒が知らずに毒で昏倒する場合がある。
※2 神仙であったころの斉天大聖孫悟空(ハヌマーン)

所依経典

『地蔵菩薩発心因縁十王経』

尊像在所

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*坐像-六道珍皇寺閻魔堂(京都府)
*坐像-厳覚寺(東京都):「こんにゃく閻魔」と呼ばれる