BuDDHA STUDIO

in the Buddhist Pantheon

Akasia師
[Akasia]

 twitter :  Akasia
 pixiv :  Akasia

細々系絵描き。版権は東方と艦これメインで描いてます。 日本酒スキー。上原酒造の不老泉が特に好きです。秋刀魚工房というサークルで同人活動してます。(Twitterより)


RELEASED BuDDHIST IMAGE

持國天
Dhṛtarāṣṭra

増長天
Virūḍhaka

廣目天
Virūpākṣa

多聞天
Vaiśravaṇa

持國天
【梵名】
 ドゥリタラーシュトラ [Dhṛtarāṣṭra धृतराष्ट्र]
【三昧耶形】
 刀
【種字】
 「धृ(dhṛ)ヂリ」梵名の最初の一字
【真言】
 おん ぢりたらしたら ら ら はらまだのう そわか

持國天
-四天王中唯一の王族クシャトリア-

仏教における天部の一神。増長天、広目天、多聞天とともに須弥山を中心とした仏界を守護する四天王の一尊である。須弥山の東方中腹、仏界(六欲天)の第二層四王天にある賢上城に住み、四大陸のうち東勝身洲(とうしょうしんしゅう)にある仏門を守護する。
サンスクリット名を「ドゥリタラーシュトラ」といい、「国を護持する者」という意から「持国天王(じこくてんのう)」と漢訳された。東方を守護することから「東方天」とも、また音写により釈迦十六善神などでは「提頭頼吒天(だいずらたてん)」とも呼ばれる。その名の意から国家安泰の功徳があるとされ、ひいては一族郎党、家族の和合繁栄を護持するといわれる。名前を唱えるだけの他の三天に比べて特異な真言であり、その中にある「はらまだな」とは「傲慢」や「尊大」なさまを表すが、「持国」の名前とともに古代インドにおける王としての品格のひとつであったこれらにより、持国天が四天王の中でも真の王であることを意味している。古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』には盲目の王として持国天が登場する。
忿怒形に青い体身(胎蔵曼荼羅では赤肉色)で革製の唐鎧の上に天衣(てんね)を身に着け、右手に宝珠を持ち左手に刀剣を持つ、もしくは左手を拳にして左腰に当て右手に刀剣を持った武将風の姿で表される。また、中国では白い顔に琵琶を持った姿で表されることも多い。帝釈天の隷下にあり、自らは八部鬼衆のうち「乾闥婆(ガンダルヴァ)」と「畢舎遮(ピシャーチャ)」を眷族とする。また上で挙げたように釈迦如来を守護する十六善神にも名が連ねられる。胎蔵曼荼羅においては東方守護として外金剛部院の東方(上部)中央に配される。仏堂においては本尊の向かって右手前に安置されるのが原則である。
 
所依経典『般若守護十六善神王形体』

《本像尊容》
本像はAkasia師の四天王像の中でも後年に描かれたものであるが、設計自体は他三天とほぼ同時期に成されていたため、同じ雰囲気を持つ尊容として完成している。その尊容は古来よりの通例を踏襲しており、腰(鞘)に手を当て抜剣を振るった形に垂下させたものであるが、通例とは左右が逆になった独自性を持っている。盲目王の意としての天眼帯(てんがんたい)が荘厳され、動的な忿怒形ではなく、真王としての尊大さ、孤高さを表した総じて静的な立像となっている。

持國天

持国天

仏像の見分け方
* 王族としての権威・剣を持つ
* 槍(戟)を持つ場合もある
* 洲浜(すはま)坐に立つことも多い

増長天
【梵名】
 ヴィルーダカ  [Virūḍhaka विरूढक]
【三昧耶形】
 刀剣、矛
【種字】
 「हां(vi)ビ」梵名の最初の一字
【真言】
 おん びろだきゃ やきしゃぢはたえい そわか

増長天
-矛・盾となって衆生を守る武烈王-

仏教における天部の一神。持國天、広目天、多聞天とともに須弥山を中心とした仏界を守護する四天王の一尊である。須弥山の南方中腹、仏界(六欲天)の第二層四王天にある南瑠璃埵(みなみるりた)に住み、四大陸のうち南贍部洲(なんせんぶしゅう)にある仏門を守護する。我々衆生が住むのも南贍部洲とされており、最も衆生と近しい神といえる。
サンスクリット名を「ヴィルーダカ」といい、「増大する者」という意から「増長天王(ぞうちょうてんのう)」と漢訳された。南方を守護することから「南方天」とも、また音写により釈迦十六善神などでは「毘楼勒叉天(びるろくしゃてん)」とも呼ばれる。その名の意から五穀豊穣や出世躍進の功徳があるとされ、ひいては一族郎党、家族の育成繁栄を護持するといわれる。
忿怒形に赤い体身(胎蔵曼荼羅でも赤肉色)で革製の唐鎧の上に天衣(てんね)を身に着け、右手に剣もしくは矛あるいは金剛杵を持ち、左手を拳にして左腰に当てた武将風の姿で表される。まれに弓矢を持つ像もある。また、胎蔵曼荼羅の尊容を踏襲して増長天が鬼神を踏み押さえているのではなく、増長天の前に鬼神が両手で剣を持ち跪いている従者のような表現も見られる。また、中国では青い顔に宝剣を持った姿で表されることも多い。帝釈天の隷下にあり、自らは八部鬼衆のうち「鳩槃荼(クバンダ)」と「薜茘多(ヘイレイタ)」を眷族とする。また上で挙げたように釈迦如来を守護する十六善神にも名が連ねられる。胎蔵曼荼羅においては南方守護として外金剛部院の南方(右方)中央に配される。仏堂においては本尊の向かって左手前に安置されるのが原則である。
 
所依経典『般若守護十六善神王形体』

《本像尊容》
本像は持國天像とは異なり、古来よりの通例からかなりの創意を凝らした尊容となっている。通例では剣もしくは矛を持つ右手であるが、珍しい尊容である弓箭を持つ場合からさらに工夫され、長身の金剛弩を肩に担ぐ姿となっている。そして、左手には金剛杵を長大させた双金剛剣を垂下の形で握っている。しかしながら、剣や矛を持って右腕側を上揚させ、左拳を腰に当てるという左腕側を垂下させた忿怒形という古来よりの基本的な尊容は原型として保持されており、創意を凝らしながらも経軌を重んじたすぐれた造形といえる。天衣が、炎を思わせる翼のような形をしていたり、胸部においては金剛鉤で表されている点も、後代に至って四神思想が習合し鳳凰のイメージが流入したことを思わせ、見所の一つとなっている。

増長天

増長天

仏像の見分け方
* 槍もしくは矛を持つ
* 同時に金剛杵を持つことも多い
* 洲浜(すはま)坐に立つことも多い

英釈

Virūḍhaka (Japanese: Zōchō-ten, Chinese: Zengchangtian) is one of the Four Heavenly Kings and an important figure in Buddhist mythology. He is part of the Buddhist Pantheon of Esoteric Buddhism. His name means “He who enlarges” or “Patron of Growth”, and He his the guardian of the South.

廣目天
【梵名】
 ヴィルーパークシャ [Virūpākṣa विरूपाक्ष]
【三昧耶形】
 三鈷戟
【種字】
 「वि(vi)ビ」梵名の最初の一字
【真言】
 おん びろばくしゃ ながぢはたえい そわか

廣目天
-世界を見通す異能の龍眼、諸龍の王-

仏教における天部の一神。持國天、増長天、多聞天とともに須弥山を中心とした仏界を守護する四天王の一尊である。須弥山の西方中腹、仏界(六欲天)の第二層四王天にある白銀埵(はくぎんた)に住み、四大陸のうち西牛貨洲(さいごけしゅう)にある仏門を守護する。
サンスクリット名を「ヴィルーパークシャ」といい、「異能の眼(龍眼・蛇眼)」という意から「広目天王(こうもくてんのう)」と漢訳された。西方を守護することから「西方天」とも、また音写により釈迦十六善神などでは「毘楼博叉天(びるばくしゃてん)」とも呼ばれる。その名の意から先見之識や博覧強識の功徳があるとされ、また眼力による外敵防除の利益があることから、一族郎党、家族の発展繁栄を護持するといわれる。
忿怒形に白い体身(胎蔵曼荼羅でも白肉色)で革製の唐鎧の上に天衣(てんね)を身に着け、右手に三鈷戟(先端が三叉に分かれた矛)を持ち、左手を拳にして左腰に当てる、もしくは羂索(不動明王が持つものと同じ両端に金具のついた捕縛縄)を提げ持った武将風の姿で表されるが、仏像においては右手に筆、左手に巻子(経巻)を持ち、眼をすがめて遠くを見ながら何かを書き留める尊容が良く知られたものとなっている。その眼で広く世界を見通し守護することから、羂索を持つのは世界の隅々に至るまではびこる魔を滅すことを表しているのであり、筆と巻物を持つのも同様、仏法を広め世界を監視記録することを表している。中国では赤い顔に龍を持った姿で表されることも多い。帝釈天の隷下にあり、自らは八部鬼衆のうち「那伽(ナーガ 龍族)」と「富単那(フタンナ)」を眷族とする。また上で挙げたように釈迦如来を守護する十六善神にも名が連ねられる。胎蔵曼荼羅においては西方守護として外金剛部院の西方(下部)中央に配される。仏堂においては本尊の向かって左後方に安置されるのが原則である。
 
所依経典『般若守護十六善神王形体』

《本像尊容》

本像は持國天像と同様、その尊容は仏教伝来から広まるにしたがって以来(天平時代から平安初頭)多く作られた右手に筆、左手に巻物を持ったものが踏襲されている。また、その眼には異能の眼「浄天眼」を強調して表す天眼鏡(てんがんきょう)が荘厳されており、このことが本像の独自性となっている。さらなる考察として、盲目であったといわれる持國天が同じ右眼に天眼帯をつけていることは、二天像の対比や共通項に多くの意を感じさせ興味深い。

廣目天

広目天

仏像の見分け方
* 筆と巻物を持つ
* 遠くを眺めるなど目に特徴
* 洲浜(すはま)坐に立つことも多い

多聞天
【梵名】
 ヴァイシュラヴァナ [Vaiśravaṇa वैश्रवण]
【三昧耶形】
 宝塔
【種字】
 「वै(vai)ベイ」梵名の最初の一字
【真言】
 おん べいしらまんだや そわか

多聞天
-四天王中最強を誇る軍神、夜叉王-

仏教における天部の一神。持國天、増長天、廣目天とともに須弥山を中心とした仏界を守護する四天王の一尊である。須弥山の北方中腹、仏界(六欲天)の第二層四王天にある水精埵(すいせいた)の有財城天敬宮(うざいじょうてんぎょうぐう)に住み、四大陸のうち北倶盧洲(ほっくるしゅう)にある仏門を守護する。
サンスクリット名を「ヴァイシュラヴァナ」といい、この名は元々インド神話に登場するクベーラ神の別称であり、「ヴァイシュラヴァスの息子」という意味を持つ。また「良く聞き取る者」という意をも持つことから「多聞天王(たもんてんのう)」と漢訳された。北方を守護することから「北方天」とも、また音写により釈迦十六善神などでは「吠室羅末拏天(べいしらまぬてん)」とも呼ばれる。功徳としては、その名の意からよりもクベーラの財宝福徳神としての性格、夜叉や羅刹の王であることからの戦勝勝運を司る戦闘神としての性格が取り入れられ、一族郎党、家族の発展繁栄を護持するといわれる。このほか、仏法を護持(仏が説法する道場を守護する)する神であることから、誰よりも仏のそばで説法を多く聞いているため仏法に対する知識が深く、僧が悟りを得るまでの道すがらを守護するといわれる。
忿怒形に玄い(くろい 緑で表されることが多い)の体身(胎蔵曼荼羅では黄肉色)で革製の唐鎧の上に天衣(てんね)を身に着け、右手に宝棒もしくは三鈷戟(先端が三叉に分かれた矛)あるいは宝剣を持ち、左手には宝塔を掲げた姿が多いが、左手を拳にして左腰に当てる姿で表されることもある。中国では玄い顔に右手に傘を持ち、左手に銀のねずみを持った姿で表されることも多い。帝釈天の隷下にあり、自らは八部鬼衆のうち「夜叉(ヤシャ)」と「羅刹(ラセツ)」を眷族とする。また上で挙げたように釈迦如来を守護する十六善神にも名が連ねられる。胎蔵曼荼羅においては北方守護として外金剛部院の北方(左方)中央に配される。仏堂においては本尊の向かって右後方に安置されるのが原則である。
四天王の中でも特に単独で信仰されることが多く(独尊 どくそんという)、この場合は「毘沙門天」と呼ばれる。三尊や曼荼羅などでは妻である吉祥天を左脇侍とし、息子である善膩師童子(ぜんにしどうじ)を右脇侍とする。また、五太子のほか、八大夜叉大将、二十八使者など多くの眷属を従える。さらには「槃闍那(はんじゃな)」という妃(中阿含經)や、総じて九十一子がいる(大方等大集経)とする経典もあり、その多彩な設定が広い信仰をうかがわせる。多聞天自身はもともと夜叉衆の王であり、羅刹衆の王である羅刹天王とは異母兄弟に当たる。毘沙門天の死後、妃である吉祥天は宝生如来の一尊である吉祥摩尼宝生如来となり、また毘沙門天八大夜叉大将の一鬼である無比力夜叉は大元帥明王となった、と説かれる。室町時代以降は七福神の一尊としても信仰され、「毘沙門さん」の呼称で信奉されている。
 
 所依経典『金光明最勝王経』

《本像尊容》
本像は四天王像の中でも最初に作られたものとおぼされ、Akasia師の中で毘沙門天像、多聞天像いずれとするかの揺らぎが見られる。すなわち、白描の段階では宝塔を左手に捧げ持った姿もいくつか残されており、三昧耶でもあり明確なシンボルとなる宝塔を手にすることで毘沙門天として打ち出す意図があったように思われる。しかしながら最終的には四天王中最強の戦闘神ということを主表現とする方向にシフトしたからか、宝塔をオミットし、左手を降魔印のように指先を地に垂下した印契を取る形におさめている。例えば、京都宇治の三室戸寺像や米沢の法音寺泥足像も宝塔を持たず、右手を腰に当て左手で三鈷戟を持つ姿であるが、手の左右は異なるもののこれらの像に近いといえる。また、萬福寺の多聞天像も三鈷戟を地に立てず、本像同様、背面で垂下させた姿をしている(ただし萬福寺像は戟を持つ手が破損しており、本来は背面でなく右側面で垂下させていた可能性がある。天王殿の現位置に安置するにあたって戟の柄が背後の壁に当たるため、現像のような位置に戟が持ってこられたのかもしれない。穂先が上方を向いている不自然さからも、その可能性が考えられる)。

多聞天

多聞天

仏像の見分け方
* 宝塔を持たず腰に手を当てる像も多い
* 宝棒もしくは三鈷戟を持つ
* 洲浜(すはま)坐に立つことも多い