現代佛師による図像抄 Wii LOVE BUDDHIST IMAGE


Arahaṃ अर्हत्

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応供/阿羅漢

尊号諸元

 梵   号 : アラハン [Arahaṃ]
 ク ラ ス : 煩悩の尽きた者
 号   数 :十号の一
 号   意 :応受供養の意で、人間・天上の者々から供養を受くるに足るが、受くに及ばぬ有徳の士をいう

スッタニパータ 34

 所有する、そのことこそが不安を生む種であり、自らのものとしたいという拘泥が心を乱す元である。
 汝、思い起こせよ、そなたが子を叱る心は、妻を疑う心はいかなるものか。
 多くの牛を飼う心は、虎を狩るときの心はいかなるものか。
 いかなるものにも所有を欲しない者に不安などありはしないのだ。

『釈迦金棺出現図』

 釈迦の弟子に説いて曰く、「貴様らが用意した匣だろう?私にはどんな容れ物だろうと説くものに変わりはない。貴様らにこの匣はどう映る?」
 釈迦は弟子たちにそう宣うと、天眼鏡の奥の眼を細め、挑発気に口の端(は)を歪めた。
 弟子たちの中でその問いに答え得る者はおろか、顔を上げる者さえいなかった。
 釈迦はつまらなさそうに鼻を鳴らしたが、ふと天井を見上げて、かすかに微笑んだ。
 微笑みを浮かべたまま、しばしの間、見惚れているようだった。

 そこには弟子たちに囲まれた釈迦が楽しそうに語らっている姿が描かれていた。
 フレスコ画―ブオン・フレスコは湿った漆喰の上に顔料を石灰水で溶いたもので描く。
 描き直すことができないのだ。
 ―弟子たちの目には、私の姿はこのように映っているのだろうか。
 釈迦は、そこに描かれる自らの姿を見つめたまま、それを描いた弟子たちの様子を思い浮かべた。

 釈迦は再び弟子たちに眼を遣った。
 頭を垂れたまま、先ほどと変わらぬ姿で居並んでいる。
 彼らはまだまだ悟りには程遠いかもしれないが、まんざら悪くない。
 釈迦は愛おしそうに弟子たちを見つめた。
 摩訶迦葉(まかかしょう)だけが頭(こうべ)をふと上げると、にこりとして首肯した。
 釈迦は思わず苦笑する。
 自然に迦葉と同じような笑みに変わった。
 「悪くない」

 worthy one :
 Arahaṃ in Buddhism, signifies a spiritual practitioner who has realized certain high stages of attainment.